天空の白鷺、閉館

45年ぶりに開催された改修も、いよいよ大詰め段階

日本で初めて世界遺産としてユネスコ世界遺産に登録されたものである『姫路城』、その雄大な相貌は見る人の心を奪うだけの芸術的価値を秘めていると言われている。単純に今日までその原形を留めていることも評価対象としてもちろんあるが、建築様式といった面で技術的にも、そして歴史的にも中世の日本を探るという観点から非常に重要な歴史考察をするための資料、といった側面もある。そもそもこれだけ巨大な形を成しているものが、改修を何度となく挟んでいるとはいえ、これほど巨大な建物がキチンと形として残されていることを日本人として誇るべきところだろう。ただそうした感情が特に強いのは、姫路城が建築されている姫路市だからこそ、強いこだわりがあるというもの。少し離れた地域に住んでいる人にとって見れば、世界遺産という風に目視することは出来ても、意識を継続的に傾けることが出来るかと言われたら、残念ながら期待するのは難しい。

また地図上では狭い日本であっても、機会がなければ姫路に足を運ぼうと思う人もそうそういないと思う。世界的に有名な観光地として知られているが、日本でもいまだ姫路は足を運んだことは無い、通過しただけという人も少なくないはず。そのため、一度は世界遺産として登録されている姫路城を見た方がいいと言いたいところだが、その衝動は来年まで抑えておくことをお勧めする。というのも、いまだ姫路城で行われている工事が完了していないからだ。そして来年とはその工事の作業終了予定は、来年の春となっているためせめてその時期が経過した後に行けば、眺望とした姫路城を見ることが出来る。

工事と話したが、これは誰もが知っているだろうが姫路城は2009年から行っており、その工事が終了するのが来年というわけだ。城の修繕作業というが直していいものなのだろうかと思うが、それとこれと話が別だろう。既に世界遺産として登録され、国宝としての価値も底上げされてしまった姫路城をこのまま失っては観光としての価値はそがれてしまう。それにまだまだ謎が隠されている面もあるため、今ここで取り潰しにするなどといった愚かな真似は出来ない。

現在は最終段階で取り掛かっているこの工事も既に6年近くが経過しており、その完成も近づきつつある中で、さすがに工事をしているからといって姫路城そのものが観光できないというのは無理があるため、この一定期間限定で開催されていた催し『天空の白鷺』について、話をしていこう。

大天守工事によって開館した、『天空の白鷺』

今回の修理は別名『平成の修理』、正式名所を『国宝姫路城大天守保存修理工事』と呼ばれるモノで、この工事計画は壁などの漆などが痛みなどで損傷してきたため、その補修作業として行なわれるためのものとなっている。姫路城の最も見せ場となる大天守などを覆い隠した状態での工事となるため、非常に大掛かりな工事となる。工事の内容は外側から見学することが出来るなどの配慮がされているが、一部の観光客は工事について何も聞かされていなかったと落胆の色を隠せなかったという。それも仕方がない、姫路城のその有望たる姿を街中でも確認することが出来るのも、姫路市の魅力であり、それが見れなくなるというのはある種観光客に対してそうした感情を湧き立たせることとなってしまう。

いくら修理が必要とはいえ、姫路市一の観光名所と称してもいい城が見れないというのは正直悲しすぎるところだ。遺産として、また国宝としての保全活動のためとはいえ、観光客のことを蔑ろにしてはいけないと姫路市は当然思ったはず。そこで考え出されたのが、改修工事として覆われてしまった姫路城を少しでも感じられるように、布に城のシルエットを映し出した様子を出して、この5年近くを耐え忍んできた。この取り組みのことを『天空の白鷺』といい、仮初の姫路城を演出するための手段でもあった。

基本的に見学は可能

布で覆われてしまっているが、何も姫路城を確認することが出来ないわけでは無い。大天守などは原則見学することが出来るようになっており、楽しめるようになってはいた。ただ一言辛口で言わせて貰うと、やはり大天守から眺める姫路市を眺望することにその意味を見出すことが出来るものだ。それが出来ないとどうしても物足りなさを感じてしまうのは目に見えている。大半の観光客は城からの眺めを見る楽しみが感じられなければ、やはり物足りないところではある。

大天守修理活動の基本理念として

工事をしなければならないのは世界遺産だからこそ、そして国宝としても重要な建築様式を確認するために必要なものだからという点も含まれているが、観光客からすればそれは残念極まりない感情に曝してしまうのも無理がないだろう。そもそもこの改修工事がどうして行われなければならなかったのかは、前回行われた工事から既に45年という時間が経過していたためだ。

その工事は『昭和の大修理』と呼ばれおり、ボロボロだった姫路城を修復する作業が長年行われていた。それから半世紀近い時間が経過していたため、それらを修復しなければならない理由も兼ねて、平成の修理が行われていた。そんな平成の修理における基本的な方針として掲げられていたのは、次のようなものだ。

  • ・世界遺産、そして国宝でもある姫路城大天守の外壁、および屋根瓦の補修と耐震性能評価に基づく構造補強などの保存修理工事を実施
  • ・世界遺産の大規模な改修工事ということから、現場は原則的に公開され、文化財の保護、保存修理に対する啓発やPRを行うと共に、世界遺産姫路城の価値を広くアピールする
  • ・工事期間中は、大天守を覆う形で素屋根をかけ手作業を行う
  • ・工事用の資材や機材などは、大天守東の美術館側から搬入し、腹切丸東側から資材搬入用の足場を設置して、備前丸まで直接運び入れる

この方針が何を意味しているのかは、工事中も世界遺産、国宝であることを意識して慎重に作業を行っていくと共に、資材の搬入といった作業に関しても城に直接的な影響を与えないようにすることも配慮しつつ、作業に取り掛かっていくことを理念としている。当たり前のことだろうと思うが、こうした方針には学術的な見識からの意見も取り入れてのことで、これらを踏まえて工事中でも見学できるように配慮しているのが、この工事の方針となっている。

それは事実で、工事期間中は内部で行われている工事の様子を見学することも出来るようになっており、中でどのような作業が行われていたのかも見学することが出来た。これが天空の白鷺という仮初の記念館を知ることが出来るものだった。

日本初の世界遺産登録文化財

姫路城はとても有名な城なのはその原形を見事なまで残していることも関係しているが、世界的な観光客を呼び寄せているのはそれだけではない。国内からも多くの観光客を毎年呼び込んでいる姫路事情とは、文化財として日本で始めて世界遺産として登録された有形重要文化財だからだ。登録されたのは今から21年ほど前になる1993年にて、正式にユネスコから登録を許可されたことにより、姫路市としても今後益々保全活動に本腰を入れるだけの後押しをすることとなった。

世界遺産として登録されるきっかけになったのは、城の形が優美であり、壁などに白い漆喰を使用しているため、城郭としては独特な造りをしているとして日本の歴史としても非常に重要な史跡としてその名を残している。現にまだこの城には学術的に解析できていないものも多く存在しているため、研究成果に関しても現在進行形で行なわれているのが現状だ。今の時期、NHKの大河ドラマで放送されている『軍師 勘兵衛』も少なからず影響しており、現在の姫路市には史人『黒田 勘兵衛』に関する歴史館が公開されているなど、精力的な様子を確認することが出来る。

白鷺とは

余談だが、『天空の白鷺』という記念感が公開されていると話したが、この白鷺というのは姫路城の別称でもある『白鷺城』から来ている。なぜ白鷺城などと呼ばれているのかについてだが、史実的に諸説考えられているのは、

  • ・姫路城が鷺山に置かれているから
  • ・白漆喰で塗られた城壁の美しさから
  • ・白鷺と総称される鳥が多く住んでいたから

などといわれており、どれもこれも正しいように見られる。個人的には色から連想して鳥に繋がっているのでは、見たいな連想をしたが少なからずそれも考えられるだろう。こうした意味でも姫路城が日本に現存している城の中でもかなり稀有な存在であるということだ。

天空の白鷺こと、国宝 姫路城とは

日本では国宝、世界では世界遺産として認定されている伝統文化遺跡である『姫路城』、その大天守部分を改修する工事『天空の白鷺』が2014年1月にその作業を終了した。来年の工事完了が待たれている姫路城は、今でも多くの観光客に愛されている観光地としても親しまれている。そんな姫路城について考察していこう。